こんにちは。學志館能見台校の西山です。初めて参加します(^.^)よろしくお願いいたします。
JRにすっかり馴染んでた私は、京急電車になかなか馴れずに、時間通りに来ないことや、
ホームのベンチが雨でびしょびしょになることに、いちいちストレスを感じていました。
でも、最近は能見台の町を私なりに楽しむようになり、(有機野菜のお店や、美味しいラーメン屋さんや、オリジナルのレザーバッグのお店をエンジョイ?)
同期して電車にも愛着を覚え始めました。
そんな11月のある日、何気なく目にした車内広告。読売新聞の編集手帳の一部を詩の形で完成させたものらしいですが、
ひとの心を傷つけて
喜ぶ心さびしき者に
聞く耳はなかろうから
中傷された君に言う
蝿たちの集まりでは
蝶も「キモイ」と
陰口をたたかれるだろう
心ない者たちのうちにも
自分と同じ美しさを探しつつ
君はひとり
大人になればいい
たったの4分しか乗らない電車ですが、暫く眼が釘づけになりました。
この年になれば、加害者と被害者の定義ほど微妙で難しいものはないと良く分かってはいますが、
傷ついている若き人にかける言葉として胸に迫るものを感じました。 それでも、さまざまな経験を経て私は考えてしまいます。
心さびしき者が人を傷つけることで喜ぶ時にも、その魂は悲鳴を上げているのではないかと。
キモイと陰口を他と同調してたたいてしまう弱さを直視したくないために、さらに増長してしまうことが若い時にはあるのではないかと。
しかしそうした揺らぐ感情も、最後の「自分と同じ美しさを探しつつ」というフレーズに救われる気がして、 やはりなかなか素敵な詩ではないかと思うのです。
大人になることがそうした美しさをあきらめない道筋であることを願いながら、今日も生徒の笑顔に元気をもらっています。
今日はよく雨が降っていて、楽しみにしているテニスは明日はおあずけでしょうか(*_*;
よく体を動かして思い切り汗をかくと思考がシンプルになって、細かいことは気にならなくなります。
室内でゲームに時間を多く使っている若い人たちが増えないことを祈りつつブログデビューを終わります(^O^)/
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